おうちしごと日報

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もう一つの現実の創造

昨日、東大で行われたマリオ・バルガス=リョサ氏の
「文学への情熱ともう一つの現実の創造」と題された講演会に行ってきました。

バルガス=リョサ氏は2010年のノーベル文学賞受賞者で
おうちしごと日報的2009年読んだ本1位の「楽園への道」を書いた方。
(↑一度でいいから言ってみたかったの!
 「ノーベル賞と同列に並べるな!という声はこの際無視ですw)

いやぁ素晴らしかった!!!!
この講演が聴けただけで、読書が好きでホントに良かったって思いました。






実はこの日、ワタクシ寝不足MAXでして、
講演の途中で寝てしまわないか非常に心配だったのですが
全くの杞憂でした。

「私にとって、書くことは生きること(Escribir es vivir)」と
冒頭から文学への情熱を表すリョサ氏。
  (噛んで含めるような易しいスペイン語で始めて下さって、
  「お、これは同時通訳無しで行けるかも!」と思ったのですが
   細かいニュアンスを正確に聞き取れてるかは全く自信がないもので
   大部分は同時通訳のお世話になりました。
   自分で聞き取った部分は↓の内容に不正確な点があると思うので、
   ご存知の方にご指摘いただけたら、と思います。)


 わくわく!なんだか目がぱっちり覚めました!

 曰く、

文学のリアルとは文字だけで不死を目指すものである。
場所だけでなく時も超え、偏見、暴力、不正に対する防御になる。
民主主義と自由というものは、個人の参加が不可欠なものであり
文学はこれの手段である。
なぜなら現実はいつも、文学の中に書かれるよりも劣っているものだから。
読むことによって現実世界の不完全さに気づき、
社会をよりよいものに変える原動力となる。
だから良い社会とは、良い読者がたくさんいる社会である。
独裁政権が検閲をしたりして文学を排斥するのは
文学が社会に与える影響、すなわち、
今この社会は最良のものではないと
読者たちが気づいてしまうことを恐れるが故である。

 氏は、次のようなエピソードも披露し、
 社会における「物語」の役割を考察する。

ペルーの大学の学生(研究者?)だった頃、
調査のために初めて訪れたアマゾンの密林地帯で出会った
アメリカ人宣教師に聞いた話。
それは聖書をマチゲンガ族の言葉に翻訳して布教しようと宣教師が
マチゲンガ語を覚えていた頃、マチゲンガの語り部がその集落を訪れ、
一晩物語りを語ったのであるが、熱狂的に物語を聞くマチゲンガ族のなかで
非常に居心地の悪い思いをした。言葉がよく分からなかったのもあるが、
語り部が自分の経験とマチゲンガの歴史?神話?を混ぜこぜにして語る
物語の内容が、マチゲンガ社会の一体感を醸し出す内容だったのではないか。

氏はその話に強い感銘を受けて、しばらく語り部を研究するのであるが
なかなか資料は出てこない。というか、マチゲンガ族自らが、
語り部の存在を隠そうとしている。
おそらく、語り部は重要であるが故に語られない、聖なる秘密であり、
語り部の秘密を共有することで、社会の一体感を感じているのではないか。

 そして氏は「密林の語り部」という本を書いたのだそう。
 とても読みたい。
 文庫化の予定があるということなので、楽しみ。
 だって人生を物語に捧げる語り部、ってリョサ氏本人のことだもの。

そのあと質疑応答。印象的なのをいくつか。

Q. 詩を研究していたそうで驚いた。詩と小説の違いとは?
A. ボルヘス曰く「完璧でなければ詩を書いてはいけない」。
  私には完璧な詩はかけない。だから小説を書いている。(←たぶんここ笑うとこ)

Q. 小説家志望の僕に、自分の考えてることを読者に良く伝えるためのアドバイスを。
A. より遠くへ行こうとする野心を持つこと。(氏の敬愛する)フローベルでさえ
  最初は凡庸であった。決意と努力が大切。

Q. 創作をしない評論家、についてどう考えるか。
A. 初心者には難解な作品、というものがある。それを理解する手助けになる評論は
  とても大切な仕事である。

政治が不安定であるから、ラテンアメリカでは素晴らしい小説ができたのだ、
というようなこともおっしゃりつつ、約1時間の講演は終わりました。

私、申込みが微妙に遅かったらしくて、
B会場(TV中継モニター視聴)だったのですが
講演後、バルガス=リョサ氏はこちらの教室にも顔を見せてくださって感激!
会場はスタンディングオベーションでした。


この講演までにぜひ、と思って「緑の家」を読み始めていたのですが、
時間とか視点とかが行きつ戻りつしてなかなか手強いのです。
結局この日までに読み切れませんでした。

でも一つ、腑に落ちたのは、この語り口はまさに、
アマゾンのエピソードでリョサ氏がおっしゃっていた
「語り部」の語り方なのではないかしら。
そう思うと、重層的な物語として、あの読みにくささえも楽しめる気がします。

帰りにバルガス=リョサフェアを開催中の本郷書籍部に立ち寄ったのですが
「もしかして同時通訳レシーバーが売り切れちゃったらどうしよう」
と思って持って来てた西和辞典が重くて、結局何も買いませんでした…
辞書いらんかったのに…
来週か再来週もう一回本郷いくから、その時リベンジです!
  
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by yurinippo | 2011-06-23 18:54 | book