おうちしごと日報

yurinippo.exblog.jp

「存在の耐えられない軽さ」

20世紀のチェコスロバキアなんて、
ものすごく馴染みのないところを舞台にした本なのに
こんなにものめり込んで共感してしまうなんて思わなかったです。

存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)

ミラン・クンデラ / 河出書房新社


74/100

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の3冊目。
なぜか4冊目が図書館に入ってないんですよね…どうしましょ。

奇妙なタイトルはずっと前から知っていましたが
なぜかなんとなく「官能小説かな?」と思いこんでおりました(笑)

うんまあ、官能的な恋愛小説でもありますし、哲学小説でもあるような。
(苦しい恋愛は時に人を哲学者にしますからねぇ)
そして21世紀から振り返ってみればすでに、歴史小説なのかも。

中欧の小国、今はもう無い「チェコスロバキア」
独身で女たらしの医師が一人の田舎娘と出会う。
そしてその医師の元愛人は、大学教授と付き合う。

愛し合っていても決して理解し合えない男女とか
小さく軽い選択の連続が人生を作っていく様子。
自分の思いつきや軽はずみを何とか補強しようと
しょっちゅう引用される哲学思想の数々。

日本とか西側(なんと古臭い言い回し!)に住んでる人間にとっては
左翼が反体制のイメージですけれども
20世紀東側ではそれが逆なんですよね?!
いや、当然ですけれどね。

でも鏡像のように、左右が入れ替わっただけで
上から無遠慮に押しつけてくる大きな力の醜悪さはそのまま。
それをサビナ(医者の元愛人ね)はキッチュと呼び忌み嫌う。
(私このサビナがすごく好きです。強くて自由で。)


キッチュってわかるようでわからない概念だったんだけど
つまり、個人的体験、し好をより多くの人が共有できるイメージに
単純化してしまうことなのかな?

たとえば父の死、というのは極めて個人的な体験で、
誰にとってもそれぞれ別の父のそれぞれ別の死で、
それぞれ別の人生にそれぞれ別の意味をもつ(…しつこいね)
もののはずなのに、
いったん「父の死」という言葉を使ってしまうと「それぞれ別の」が失われて
キッチュになってしまう、みたいな。

うまく言えないけど、それは気持ち悪いことよね。

→→そしてこの話は全くこれとは関係ない次の本へとつづきます。
[PR]
by yurinippo | 2009-10-14 14:46 | book